補論・密やかにデバッグされる世界

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◆序

 本稿は、平山悠・編著『FEECO vol.4』に寄稿した「密やかにデバッグされる世界」と題した論考において説明・検討不十分となってしまった箇所を補うものである。先述のテクストでは、合成音声音楽~hyperpopに共通する過剰性=情報過多な性格を現実に対する負荷テストとしての“デバッグ”と見做し、2021年にMaltine RecordsからリリースされたquoreeのEP『鉛色の街』をデバッグの好例のひとつとして紹介している。寄稿と本稿は相補的な関係だが、執筆に際しては本稿のみで独立した論考として読み進めていただくこともできるよう心掛けた。本稿を読んで興味を惹かれた方は、ぜひ『FEECO』本誌を購入いただけると幸いである。

 

デバッグ実践としてのhyperpop

 まず、本論の骨子となる「デバッグ」という言葉の原義について、株式会社インセプトが運営するIT用語辞典e-Wordsから引用する。

プログラムが仕様や開発者の意図に照らして誤った動作をする際に、そのような動作を引き起こすプログラム上の欠陥、誤りをバグ(bug:虫)という。テストなどによって発見された誤作動・不具合について、その原因やプログラム上での位置を探索・特定し、意図したとおり動作するように修正する作業のことをデバッグという。*1

 Webサーバーからゲームまで、ある特定のプログラムに基づいて動作する製品のリリース前には、デバッガーないしデバッグツールによるプログラムの解析が行われる。たとえば、プログラムの処理能力に対するテスト項目であるスケーラビリティの解析においては、あえて大量のリクエストを送りバグを誘発させることで、現時点での閾値を測定してスペックアップの要否を見極める。テスト結果を受け適宜プログラムを修正していくことで、ようやく実用に耐える製品が出来上がるのだ。このように、デバッグを構成する要素を端的に分類すると“バグの誘発”と“プログラムの修正”という二工程に整理できる。

 ここで、音楽におけるデバッグについて考えてみたい。音楽におけるバグとは、極言すれば“非音楽的なもの”全般といえよう。調性の逸脱あるいはマキシマイズ、偶然性と不確定性の導入、記録媒体そのものにおけるエラーの逆利用等々沈黙~環境音からノイズまで、音楽を構成するものとして提示された当初において、確かにそれらはバグとして現れたのだ。バグの誘発とは、バグであるところの非音楽的(とされている)要素を音楽のうちにあえて取り込む試みである。

 “プログラムの修正”段階において、私たちはふたつの態度からの選択を迫られる。ひとつは、"音楽とは斯くあるべし"という認知の慣習のプログラムをつつがなく作動させるために、非音楽的なものは変わらず非音楽的であると見做し、バグを誘発する試行そのものを黙殺する態度である。もうひとつは、非音楽的なものを音楽的なものとしてシリアスに捉えられるよう、認知の慣習を修正~更新する態度である。有り体にいえば”ナシだったものをアリにする”こと。そして、音~無音に纏わるあらゆる特性を自らの圏内に収めてきたこれまでの音楽史は、音楽に対する人々の認知の慣習というプログラムを絶えず修正してきた歴史と換言できる。当然、修正に際しては従来の規範的な認知による抵抗を伴うが、それはひとつの指向性をもつプログラムによる自律的な防衛作用であり、ごく自然な反応である。

 以上の前提をもとに、いわゆる合成音声音楽とhyperpopというふたつの音楽シーンに目を向けてみよう(本稿ならびに寄稿において、合成音声音楽とは「2007年における初音ミクのリリース以降、VOCALOID・UTAU・CeVIOなど音声合成ソフトウェアの使用による緩やかな連帯をもつ音楽シーン」、hyperpopとは「PC Music発のアーティストやDeconstructed clubを前史とし、100 gecsの登場した2019年以降に決定的に性格づけられた音楽シーン」をそれぞれ大まかに括ったものである。)両シーンに見出される共通点として筆者は、ライターのFlatによる「過剰性」というタームに注目した。たとえば、VOCALOID~合成音声音楽における高BPM、早口歌唱、不協和音の多用、hyperpopにおける積極的な音割れ、ヴォーカルのピッチアップ、断絶による曲展開など、いずれもDAW上の種々のパラメータにおける情報量の多さ、過剰さをひとつの特徴として緩やかに共有している。その様相は、さながら音楽に対する認知におけるスケーラビリティ・テストのようである(筆者の力量不足により現時点での考察は叶わないが、音楽におけるスケーラビリティ・テストというタームの射程には、例えばCar BombやCode OrangeやFrontiererなどによる、近年のメタルコア~マスコア領域における実践も含むことができるように思える。

 では、これらの音楽シーンにおけるデバッグがいかに認知のプログラムを修正してきたかを、まずは合成音声音楽に注目して見ていこう。合成音声音楽によるデバッグ、ナシからアリへの転換は、大きくふたつのフェイズから成ると考えられる。第一のフェイズは、あらゆる音楽的試行の”アイドル文脈化”だ。アイドル音楽シーンにおける"ロックでなければ何でもよい"ならぬ"アイドルであれば何でもよい"という気風が醸成した音楽的試行の豊かさ──合成音声音楽においても相似する現象が見られるのではないか。すなわち、アイドルたるところのキャラクターがフィーチャーされている限りにおいて、どんな音楽的試行も受け入れられるという土壌が育まれたように思える。動画サイトのカテゴリランキング上に千姿万態の音楽ジャンルが並置されながら、キャラクターを介した緩やかな紐帯が成されている様は壮観だ。特定の音源からキャラクターを幻視させ、ある意味で全てを”キャラクターソング”として認知させられるような構造には、プログラムの修正に対する心理的なハードルを下げる効果がある。卑近な例として、いよわによる楽曲「きゅうくらりん」に対する”「次この音ぜってぇくるわ」って思った音、一回もこなくて最高だった”という、(もちろん多少なりの誇張はあるだろうが)従来の認知のプログラムに対する裏切りを嬉々として語るYouTube上のコメントに1万以上の高評価が付いていることは注目に値するだろう。また、音源とキャラクターの密接な対応関係は、初音ミクがリリースされた2007年以降、前世代のMEIKOKAITOなども含めて展開された、いわゆる歌姫神話的な偶像観の構築にも寄与している。余談だが、VOCALOIDの開発元であるクリプトン・フューチャー・メディアTOKYO MXの共催によるイベント『マジカルミライ』の2021年テーマソングとして「初音天地開闢神話」を発表したcosMo@暴走Pが同時期に、VOCALOID~合成音声キャラクター・Vtuberなどヴァーチャルな偶像への信仰問題を批判的に描いたRPGカリギュラ2』において、歌姫リグレットの狂信者ともいえるキャラクター:ブラフマンのテーマソング「xxxx/xx/xx」を手掛けていることも興味深い。

 合成音声音楽によるデバッグの第二のフェイズは、合成音声音楽およびその周辺シーンのメジャー化である。もはや指摘され尽くしていることだが、近年のJ-POPシーンでは米津玄師、wowaka(ヒトリエ)、Ayase(YOASOBI)など、いわゆるボカロP出身のクリエイター、あるいはEve、まふまふ、Adoなど歌い手出身のシンガー/ソングライターの目覚ましい活躍が見られる*2また、若年期から合成音声音楽に慣れ親しんだネイティブなリスナー層の成長も相俟って、メジャーな音楽文化において合成音声音楽を出自とする要素の占める割合は必然的に増加傾向にある。それはすなわち、合成音声音楽によるデバッグの影響がより広く波及することを意味する。現代以降の音楽史上における電子音楽やロックンロールによるプログラムの修正~更新と同様の役割を、合成音声音楽もまた担っているといえよう。

 ここでhyperpopに目を転じよう。具体的なキャラクターと結びつくことのないhyperpopでは、合成音声音楽で見られる”アイドル文脈化”によるデバッグの作用は見られない。hyperpopの隆盛においてデバッグの基軸は異なる部分にある。ひとつはクィア・カルチャーとしての、音楽文化に留まらない社会一般に対するデバッグ作用だ。SOPHIE、Laura Les(100 gecs)、Dorian Electraなど、hyperpopのオリジネイターとされるアーティストたちの多くがトランスジェンダーやノンバイナリを公言していることから、hyperpopはしばしばクィア・カルチャーの文脈で語られる。プライドパレードをはじめとする種々の啓蒙活動による性の多様性の周知は、ジェンダーに対する従来の規範的な認知を修正~更新する効果をもたらす。hyperpopを通じたクィア・カルチャーへのエンパワーメントも、やはりジェンダー認知のデバッグに寄与しているといえるだろう。

 hyperpopによるデバッグのもうひとつの基軸は、やはり音楽的な側面において見られる。ここで参照したいのが、日本におけるhyperpop隆盛の一端を担うアーティスト:hirihiriによる以下のツイートである。

 従来の認知の慣習においては”ふざけている”と見做されかねないサウンドを”シリアス”なものに転じる感性。この転換に至る前史として筆者が注目したいのが「Earrape Meme」*3、日本においては「音割れ〇〇」*4として知られる、映像作品のワンシーンや楽曲を文字通り”音割れ”させるという至極明快なインターネット・ミームである。極言すれば過剰な悪ふざけなのだが、一定の流行を経ていわゆるMAD動画のひとつの定形として受容された背景には、このミームがもつ”社会性”とも呼べる性質が関係しているように思われる。ここで、再びhirihiriの発言を参照したい。以下は、音楽制作プラットフォーム:Soundmainにおけるインタビュー記事からの引用である。

──ちなみに、上手な“音の割り方”のコツなどありますか?

 

基本はディストーションなどをかけて割って、ハイの帯域を増やすんですね。それだけだと耳が痛いようなキツい音になるので、空間系のプラグインを挿して、ディケイの短いリバーブやディレイをかけてあげると、痛い部分が削がれて音が和らぎます。もうこれだけで結構それっぽい音というか、いい感じの音割れができます。

 

──ただ単に尖らせるだけではダメなんですね。

 

インディーだったら全然いいと思うんですけど、あまりポップでなくなるんじゃないかなと(笑)。リバーブをかけることで社会性のあるミックスになります。

 

──あくまでポップを目指すなら、社会性を担保せよと(笑)。*5

 音割れサウンドにおける社会性。レベルの調整やエフェクトによって無暗に音を割るだけでなく、あくまでリスニングに耐えるものとして”アリ”にすることが、hyperpopの楽曲で頻繁に取り上げられるひとつの音響効果としての音割れがもつ社会性を担保する。では、インターネット・ミームの場合はどうか。語句の原義にまで遡れば、ミームとは社会における文化の形成と継承を担う素子といえよう。換言すれば、ミームとはそれ自体が社会に開かれている=社会性を備えるものであり、インターネット・ミームといえどその性質は失われていないはずである。特に、インターネット・ミームの”前提を共有する人々のコミュニケーション”という側面は、扱われる題材がポップなものであるほど際立つ。ハリー・ポッターが日本における「音割れ〇〇」の流行の嚆矢となり得たのも、題材自体が広く社会に開かれている、ポップなものであったことに因るだろう。音割れという現象を、過剰性がもたらした単なるエラーとしてではなく、切実なコミュニケーションのツールとして捉えること。音響効果としての音割れが受容される前史としての、インターネットにおける音割れミームの流行──牽強付会が過ぎるかもしれないが、いわゆるポスト・インターネット音楽としてのhyperpopを思うとき、全く無関係であると断ずることは難しいだろう。

It is defined by pushing pop music to its limits and satirizing the gendered music industry. There’s an enjoyable sense of irony and juxtaposition. *6

 皮肉と並置──Ty MarshによるORANGE Magazineでの上記のhyperpop評は、多岐に渡るマテリアルの共生とナンセンスなエディットが紐帯を生むMADカルチャーにもそのまま適用できるのではないだろうか。音楽をマテリアルのひとつとして取り扱ってきた、いわゆるMADカルチャー(1970年代のMADテープからインターネットにおけるMAD動画まで、あるいは前史としてPierre Schaefferにまで遡ってもよいだろう。uku kasaiのインタビューでの発言*7にもあるような、hyperpopとサウンド・コラージュの違和感のない並置は、この"MAD"な質感が通底することに由来するのかもしれない。)を受容する感性が、翻って音楽そのものに対する聴取態度を更新する。hyperpopは既存の文化に対するカウンターというより寧ろ、ひとつのミームとして広く充満~メジャー化することで社会のデバッグを試みる反乱/氾濫の形態なのかもしれない。

補記:本稿の仕上げ作業をおこなっていた2022年4月7日0時、ライターのARuFaとダ・ヴィンチ・恐山によるWebラジオ番組『匿名ラジオ』の最新回が更新された。レコーダーの故障による音割れをエンターテインメントのツールに昇華した今回のプログラムは、まさに“社会性のある音割れ”の好例だろう。画面に表示された波形が予感させるカタルシスの到来は、Iannis Xenakisの図形譜をも想起させる。かつて音割れミームによって準備された受容の土壌が、この企画を“アリ”なものたらしめているとは言えまいか。

 

◆身体と電気、デジタルクワイアと合成音声

 quoreeとも親交があり、2021年には同じくMaltine Recordsから『泳ぐ真似』をリリースしたKabanaguはSoundmainにおけるインタビューで、自身の作品を特徴づけるヴォーカルエフェクト「デジタルクワイア」について以下のように語っている。

──サウンド・デザインについて伺っていきたいのですが、特に気になるのはプリズマイザーを駆使した「デジタルクワイア」と呼ばれるサウンドについてです。どのような経緯でこの表現を使おうと考えましたか?

 

プリズマイザーに関しては、米津玄師の「海の幽霊」がめちゃくちゃ影響しています。感覚的に自分が一番好きな音で、「これしかないな」と取り憑かれてしまったんですよね。

 

もともとJacob Collierみたいな多重コーラスが好きだったのですが、デジタルクワイアはまた違うじゃないですか。全く同じ歌い方の声が大量にあって、ボコーダーとも違う質感があって、異世界に意識を持っていかれるような感覚があって……。それが強烈に好きなんですよね。

 

(中略)

 

それに高校時代にバンドが好きだったと言いましたが、思うにプリズマイザーって、テレキャスターをガシャガシャ鳴らしている時と脳の状態が似ているんですよね。プリズマイザーって、自分自身がギターになるようなものじゃないですか(笑)。

 

──なるほど、通常は楽器がなければ人は一人じゃ和音を出せないですね(笑)。*8

 「プリズマイザー」は、Francis and the Lightsを率いるFrancis Farewell Starliteにより開発されたヴォーカルエフェクトで、2016年発表の同グループによる作品『Farewell, Starlite!』やBon Iver『22, A Million』(本作で用いられたデジタルクワイアは、プリズマイザーに触発されたJustin VernonがエンジニアのChris Messinaに依頼して制作させた「The Messina」なる類似のエフェクト)、あるいはChance, the RapperやFrank OceanやKanye Westなどの楽曲において使用されたことで話題となった。寄稿の主題となった『鉛色の街』においては、quoreeが収録曲「動物」のデモをKabanaguに聴かせた際にVocalSynth 2(iZotope社が開発したヴォーカル・エフェクト・プラグインで、先述のプリズマイザーと類似のクワイア・サウンドを生成することができる)によるエディットが加えられ、まさに画竜点睛とも言うべき仕上がりを得たことがリリース後のツイートで語られている。

 事実、本作を機にquoreeのヴォーカルに対するエディット志向は高まっているようにも思われる。細断されたヴォーカルの面影が曇り硝子ごしに揺れ動く「cuz」、楽曲の浮遊感に呼応する滑らかなコーラスワークが印象的な「熱風」など、本作以降に発表された楽曲ではヴォーカルに対し精緻なエディットが凝らされており、以前のpond名義での楽曲とは異なる質感を憶える。特に、ヴォーカルユニット:CYNHNの楽曲「ごく平凡な青は、」のリミックスワークにおけるヴォーカルに対するエディット志向は凄絶でさえある。デジタルクワイア、ピッチ・アップ/ダウン、過剰なフランジャートレモロの組み合わせによると思われるドリル調の加工など多様なヴォーカル・エフェクトを駆使し、原曲のもつ青々とした疾走感を異なる解釈で提示している。

ごく平凡な青は、 (quoree Remix)

ごく平凡な青は、 (quoree Remix)

  • CYNHN, quoree
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

 「動物」における合成音声とデジタルクワイア・エフェクトの化学反応がもたらしたものとは何だったのか。その作用を読み解くにあたり、音楽における“身体”としての声と“電気”としてのシンセサイザーMIDIの関係に注目していく。あらかじめ録音された生の声のライブラリをグリッド上に配列するという電気的な処理により、歌唱という身体的な行為への肉薄を志向する合成音声(ここではソフトウェア自体ではなく、それを用いて生み出されたワンフレーズ~音楽の総体を指す。)それは“電気”の作法で“身体”の再現を目指す振る舞いであるといえる。ここで想起するべきは、ベル研究所が1939年に発表した「Voder」のメカニズムだろう。発振器から生じたバズ/ヒス・ノイズを、各種鍵盤の操作の組み合わせによる人間の声道を模倣したプロセスを介して調整し、まるで人間の発話のような音声に変換する。音素やピッチと鍵盤のグリッド化された照応関係は、現代の打込み音楽におけるMIDI的な音素の配列という処理を立体的に展開したものともいえる。電気から身体へ──この構図がとりわけ際立つのは、“人間の声でなければ何でもよい”気風を共有するUTAU無生物音源*9においてであろう。あるいは、細断された無機的なノイズや環境音に子音の原型を見出そうとする、角田俊也による『風景と声』を想起してもよいかもしれない。あらゆる音源を等価なものと見做してライブラリ化~配列し、人間の発話、そして歌唱の再現を志向する態度。転じれば、人間の声であっても、音素にまで解体され個別の音源としてライブラリ化された時点でノイズや環境音と等価なものと化し、その身体性を一度奪われるのかもしれない。

 対するデジタルクワイア(ここでは当該のエフェクト自体ではなく、それを用いて生み出された音源の総体を指す)は、“身体”の作法を以て“電気”と化すことを志向しているといえよう。録音ないしライブパフォーマンスで発された声の音源を解析して生み出されるクワイアのサウンドは、グリッドを融解させる有機的な生成のイメージをもたらす。先ほどのVoderに対置されるものとして、ここで思い出したいのが「Vocoder」である。Voderと同じくベル研究所のホーマー・ダドリーによって開発されたこの技術は、マイクに吹き込まれた人間の声を限られた周波数帯域に区分してデジタル信号として送出したのち、その情報に基づく可聴音を受信側のシンセサイザーで生成するというものだ。周波数帯域というグリッドを通過し再び合成された音声、極言すれば電気に変換された身体は、元となる人間の発話とひと続きのものとして在る。ベル研究所Vocoderの効果を表現するにあたり“再構築(reconstruct)”ではなく“合成(synthesize)”という語句を好んだというエピソードは、“再構築”という表現がもつ身体性の喪失を察知したことに因るようにも思える。身体から電気へ──「動物」における合成音声とデジタル・クワイアの衝突が創出したマジック、それは“電気から身体へ”/“身体から電気へ”というふたつの指向性の絶えざる往還、身体と電気のスペクトラムの描出であった。

 もうひとつ、合成音声とデジタルクワイアが描くスペクトラムの好例として注目したいのが、日本のクラブミュージック~hyperpop領域(特にMaltine Records周辺)で活躍する気鋭のアーティスト6名によるPAS TASTA「turtle thief」である。グループやユニットというより、ひとつの運動体とでも称するべきこの企画の参加メンバーにはquoree、Kabanaguのほか、hirihiri、phritz、yuigot、ウ山あまねが名を連ねる。本楽曲中盤の「少年合唱団」とも称されるパートにおいて、程度の異なるエフェクトが施された幾つかのヴォーカルとquoreeによる合成音声とが解け合うさまは、ニュートラルな声から合成音声まで全てを“声質”のバリエーションとしてスペクトラムの中に並置する柔らかな調和を感じさせる。

 SEGUE-4として筆者と協働するLo-Bに本論についての見解を求めたところ、合成音声とデジタルクワイアの関係をエレキギターの奏法に喩えた意見を聞かせてくれた。曰く「合成音声は爪弾かれるギター、デジタルクワイアは掻き鳴らされるギター」というものだ。確かに、弦とフレットというガイドに従って一音一音を配列させていく“爪弾き”は、DAW上のグリッドに音素を配列していく行為に似ている(爪弾かれるギターサウンドとしてここで想起するのは、たとえばKing Crimson「FraKctured」で聴かれるような精緻な音響細工の姿である。)他方、コードという透明な約束を共有しながらも時にグリッドからの逸脱を志向する“掻き鳴らし”の作法は、一音一音の輪郭が融け合いながらひとつの総体としての音響を生み出すクワイアに相似する(Rhys ChathamやGlenn Branca、2012年以降のSwansなどによる大伽藍のような音響空間を想起しよう。)この見立ては、「自分自身がギターになるようなもの」という前掲のインタビューにおけるKabanaguの発言にも通じる。かつてquoreeは、「特に好きなサウンドは何ですか?」というリスナーからの質問に「声とギター」と回答していたが(Instagramのストーリー投稿のため現在は確認できない。)quoreeとKabanaguの邂逅は、声とギターというふたつのサウンド止揚をもたらした。デジタルクワイアと合成音声の偶発的な出会いが生んだ、身体と電気の絶えざる往還──再起が再起を呼び、ともすれば処理落ちをも招きかねないデバッグ実践が、私たちの認知を密やかに変容させている。

 

 

*1『デバッグ(debug)とは - IT用語辞典 e-Words

https://e-words.jp/w/%E3%83%87%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%B0.html

*2『supercellから空白ごっこまで ボカロ出身クリエイターのJ-POPシーン躍進を振り返る』

https://www.google.com/search?q=%E3%83%9C%E3%82%AB%E3%83%AD%E5%87%BA%E8%BA%AB&rlz=1C1FQRR_jaJP963JP963&oq=%E3%83%9C%E3%82%AB%E3%83%AD%E5%87%BA%E8%BA%AB%E3%80%80&aqs=chrome..69i57j0i512l3j0i5i30.5098j0j7&sourceid=chrome&ie=UTF-8

*3『Ear Rape | Know Your Meme』

https://knowyourmeme.com/memes/ear-rape

*4『音割れポッターとは (オトワレポッターとは) [単語記事]』

https://dic.nicovideo.jp/a/%E9%9F%B3%E5%89%B2%E3%82%8C%E3%83%9D%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%BC

*5『hirihiriインタビュー hyperpop、futurebass、dariacore…気鋭クリエイターが語るネット音楽の最前線と「音割れ」論』

https://blogs.soundmain.net/8903/

*6『Trans Roots in the Hyperpop Music Genre - ORANGE Magazine』

https://orangemag.co/orangeblog/2020/10/15/exploring-the-trans-roots-of-hyperpop

*7『uku kasaiインタビュー 音楽に「温度」を宿すSSW――オンリーワンなサウンドは「手持ちの音」から』

https://blogs.soundmain.net/11533/

*8『Kabanaguインタビュー デジタルクワイアとFuture Coreを接続する「誇張しすぎた」プロデューサーのDTM術』

https://blogs.soundmain.net/10745/

*9『トップページ - 無生物無機物音源wiki

https://muk1butsuongen.wiki.fc2.com/wiki/%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8